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ひも

 天気のいい日、昼の3時にお客様の家に本を取りに行く。公園の入口で、庭にも緑がいっぱい。前から横を通ってはうらやましく思っていた。

 玄関を入ったとたんに、奥様に抱かれた犬に吠えられる。プードル。
「本屋のお姉ちゃんよ、よく見なさい」
 なだめられてもかまわずキャンキャン騒がれて、逃げるように階段をのぼる。絨毯を敷かれ、半円を描く階段。靴下で絨毯を踏む感触が久しぶりだ。2階のある家に入ったのも久しぶりだ。

 廊下に並ぶ本棚は素通りして、洋室に入る。プラスチックの衣装ケースを開けると、本がめいっぱい詰め込まれている。
「まずはこの2ケースを見てください」
 要らないものは持っていかなくていい、というありがたいお申し出なので、欲しいものだけを積み上げる。

 次はベランダ。こちらも衣装ケースに本が入っている。本をベランダに置いてもいいのか。中の本は案外きれいだった。
 さらに廊下を挟んだ反対側のベランダへ。家にベランダがふたつあるというのも、一軒家だったら普通なのだろうか。
 ケースを開けたら、水と泥がたまり、紙は茶色く波打ち、何かの死骸や糞が積もっていた。声も出ない。
「あーだめだこれは、でもこのまま捨てればいいからよかった」
 だんな様はあっけらかんとしている。もう1ケースは無事。仕分ける。
 寝室のクローゼットからも1ケース出てきて、仕分ける。

「あとはまた整理して呼ぶよ。こっちは取っておく本だけど、見る?」
 書斎に入ると、壁一面、天井まで本棚がある。岩波、中公、講談社現代新書や、経済や貿易の本が整然と並んでいる。さらに小さい棚があちこちに設置され、沖縄本や文庫本が集められている。廊下の突き当たりにはガラス棚に世界文学全集。家じゅうが本だった。

 一通り選んでひもで縛っていく。今まで本を運ぶときは箱を使っていたのだが、ひもなら場所も取らないし足りなくなることもないし、と思って初めて挑戦してみた。途中で外れたり長さが足りなかったりしながら、のろのろと縛る。縛った横から奥様が運んでくださる。
「いいですよ、置いておいてください」
「大丈夫、主人が病気をしてからこういうのは私の仕事なの」
 恐縮しながら一生懸命縛る。
「慣れてるわね」
と言ってくださり、ますます恐縮する。まだまだ古本屋初心者、お恥ずかしい限りです。

 奥様はプードルと散歩に出かけた。車に積み込んでいると、だんな様に
「そこの樽、よけられるよね」
と聞かれる。隣の店の前に樽が出ていた。
「ええと、出るときはここで方向転換するんですか」
「いや、そこまでバックで」
 バックの距離、約15メートル。
「運転初心者なんです」
と今度こそ告げて、樽をよけてもらい、無事に出た。

 小学生の頃にブックバンドというものに憧れ、しかし使いみちがよくわからなかったのだが、ようやく納得できた。ただ、手に持ってずっと歩くのはしんどいと思う。

Posted by uchinan : 18:04 | Page Top ▲