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リブロが本屋であったころ

 『リブロが本屋であったころ』(論創社)。

 著者の中村文孝さんは、ジュンク堂書店池袋本店の地下2階の商品課で、取次や出版社の人と商談したり、返品のなかからまだ売るべき本を拾ってきたり、山のような注文書や常備申込書に数を入れたりしていた。

 私は入社してから数年、「こわもて」としかいいようのない様子におそれをなして、話しかけることもできなかった。それが少しずつ声をかけられるようになり、何かと相談するようになり、仕事に関係ない話もするようになった。

<棚に品揃えをするのは定番になっている本、今を表現している本、売ってみたい本、そしてそれらと比較されるために置かれた本の四つしかない>(p.85)
<出版社からほめられたら、書店員としては恥だと思え。本では差をつけてもいいけど、出版社では差をつけるな>(p.142)

 中村さんに相談すると、返ってくるのは上のような言葉だった。こちらは具体的な問題を抱えているのに、答えはいつも抽象的で、経験の浅い私には禅問答のようだった。この本を読んで、少しだけ文脈がわかった気がする(まだまだもっともっと掘り下げてもらいたいけれども)。

<リブロに関してはいえないこともたくさんあるし、バブルだったからと批判されてもかまわないが、本当に不思議な時代でもあったし、あのような書店の時代は再び出現することがないような気がする。だからこれは私だけの勝手な思いかもしれないが、かけ替えのない時代を生きたような気がしている>(p.181)

 中村さんの盟友(?)、田口久美子さんの『書店風雲録』(本の雑誌社)も久々に読み返してみた。彼らの「リブロ」は、今の本屋とは全く別の力を持った、特別な場所だった。「今泉棚」を目にしたこともない私は、数々の伝説を聞いてはその活気をうらやみ、「もう少し早く生まれていれば」くらいに思っていた。

 「いい時代だった」といわれるけれど、改めて思う。そうではない。この人たちだから、「リブロ」ができた。この人たちが、いい時代をつくっていた。その自負は、この一見奇妙な書名にも表れている。

 休みの日に出版社の倉庫まで出かけていって絶版本を集めたり、便利な取次であっても正味を気づかって注文しすぎないようにしたり、足も頭も使って、自分の店の棚や電話の向こうの出版社だけでなく、その背後にいるものまで相手にしていく。配本や再販制度といった出版業界の慣習にとらわれず、喧嘩も辞さない。

 この本を置こうとか隣に並べようとか、それだけ考えていても本屋はよくならない。どういう仕組みで本が入ってくるのか、誰が得をするのか、お客様はどんなふうに買うのか、すべてを見据えて動かなければ、何も変わらない。決められた枠のなかでどんなに一生懸命やったつもりでも、それは箱庭だ。何かを打ち破らなければ。

 中村さんはいつもそんなふうに話していてくれたんだなと今さらのように思った。細々した作業のしかたより、もっと大きな、私にとっては哲学のような話を。

 3月で定年だ、もうきっぱり辞めて休むよ、とおととしの秋に会ったときは笑っていたけれど、去年の10月に「LLPブックエンド」という出版社を立ち上げたようだ。中村さんは出版業界を見限っていない。心強い。

Posted by uchinan : 22:25 | Page Top ▲