高文研

下田温泉ってカップル向けかな?

最近、客室に、専用露天風呂がついている旅館とかって増えてますよね。

「貸し切り露天風呂のある宿」とか、
ネットの予約サイトでも特集されていたりして、
結構人気が有るみたいですね。

確かに、カップルで行く温泉旅行だと、
誰にも邪魔されないで2人で温泉をたっぷりたのしみたいな~って思うのは人情。

夫婦でも水入らずで過ごしたいっていう希望があるでしょうしね。

かく言う私も、今度のボーナスが出たら、
下田温泉に彼と旅行に行っちゃおうかな~と思っています。

せっかくネットでいろいろ調べられるから、
下田温泉のカップル向け旅館をバッチリチェックしたいですね。

下田温泉にカップル向けの所ってあるのかなと「下田温泉カップル」で検索してみたら、
良い感じのお宿がランキング紹介されているサイトを見つけました!

09:52 | Page Top ▲

ディズニーランド近くのホテルにカップルで泊まるには?

私も彼もディズニーランドで遊ぶのが好きで、今までに5~6回行ってます。

日帰りばっかりだったんですけど、今度の冬休みには、
お互いボーナスが出た後だからちょっとリッチに泊まっちゃおうって相談してます。

ディズニーランドの近くって、アンバサダーホテルがいくつもあって、
お部屋がキャラクターのイメージだったりするんですよね。

ネットとかで見て、一度は泊まってみた~い! って憧れてるんです。

でも、人気のあるところは予約で一杯になっちゃうのも早いから、
こまめにチェックしておかないといけないですよね。
やっぱり、ネットで予約するのが便利なんだろうな~。

今チェックしてるのは、「ディズニーランドに行ってカップルで泊まりたいホテル」。
アンバサダーホテルとか人気の所がランキングになってて、
そのままじゃらんで予約ができるようになっているから、日程が決まったらすぐに予約しなくちゃ!

22:48 | Page Top ▲

立体

 自転車に乗らない日は与儀公園を歩いていく。木も草も生えていれば川も流れ、道があちこちに曲がり、焼芋を売る人も三線を弾く人も碁をさす人もいる。360度見渡せて、景色が移り変わっていくのが気持ちいい。店では一日じっと同じところに座っているから、目もからだも固まってしまう。

 桜の枝や図書館が重なりあうのが、ふと立体写真のように見えた。奥行きのある風景をあまり見ていないせいか、遠近感に現実味がない。

 高校三年のとき、写真を肉眼で立体視するのにはまっていた。『ステレオ日記 二つ目の哲学』(赤瀬川原平)を何度も見て特訓した。
 不器用で運動音痴だから、新しい技を身につけることが苦手である。ステレオ写真の立体視は数少ない特技のひとつといえる。

 公園を通り抜けて店に行き、開けて店番する。夕方、店にあった「Title」2001年2月号を何の気なしに開いたら、見沢知廉が出ていた。花輪和一と並んで「獄中読書体験記」を書いている。
「色彩や遠近感の全く感じられない、灰色のコンクリに囲まれた三畳の独房にいたので、3D写真が流行した時は、ハマった。TVのない世界では、唯一の立体画像だった」
といって紹介しているのが『マジック・アイⅡ』(ワニブックス)。
「オマケの3Dメガネで見ると簡単だが、獄中にはオマケは不許可なので、独力のみで練習した」
 なるほど。
 私もほぼ三畳の空間にいる。TVもない。見沢知廉に共感できるとは思わなかった。

 新潮社の『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』には、萩原朔太郎の撮った立体写真が載っている。前橋の公園や大森駅など、なんでもない風景が写っている。

 本人いわく、
「僕はその器械の工学的な作用をかりて、自然の風物の中に反映されてる、自分の心の郷愁が写したいのだ。(中略)そしてかかる僕の郷愁を写すためには、ステレオの立体写真にまさるものがないのである。なぜならステレオ写真そのものが、本来パノラマの小模型で、あの特殊なパノラマ的情愁――パノラマといふものは、不思議に郷愁的の侘しい感じがするものである――を本質してゐるからである。」(「僕の写真機」)

 孫の萩原朔美は、
「それにしても、紙焼きもガラス乾板も立体写真も、みんななんという寂しい風景ばかりを定着させているのだろうか。寂しい風景ばかりを選んだというよりも、そのような風景に撮らされている一人の男が浮かんでくるのである」
と書いている。

 立体写真はそもそも構造的にさびしい。さらに朔太郎はさびしいものばかり写している。

 技術のある人にしか見られず、正面から見るから何人もが同時に見ることもできず、大きさも限られる。立体写真は小さくて孤独な写真である。ひとりで万華鏡を回しているようだ。なのに、どうしても魅せられてしまう人がいる。

 休みの日はできるだけ見晴らしのいい場所に出たい。

15:52 | Page Top ▲

テニスコート

 夕方、久しぶりのお客様が見える。市場に来るのは近くでパソコン教室がある火曜日が多い。この店は火曜日定休なのでなかなか来られないのだと申し訳なさそうに話される。
 幸田文が好きで、青木玉、青木奈緒も読む。露伴は読みにくい。狭い店で壁ぎりぎりまで下がりながら、棚の本を1冊ずつ見ていかれる。
「中原中也、なつかしい。でもね、私はあの人が好き。ほら、沖縄の詩人で…」
「山之口貘ですか」
「そう、あの人の『座蒲団』が好き。土の上に床があって、とかいうのね。一度学校に来たことがあるの」
「えっ」
 首里高に通っていたころ、貘が母校で講演をした。今グラウンドになっている場所の裏にテニスコートがあり、そこに集められた。参加したのは数十人で、全校生徒ではなかった。話は何も覚えていない。
 1958年11月、貘が34年ぶりに沖縄に帰ってきたときのことだろう。あちこちに呼ばれて忙しく、1ヶ月の予定が2ヶ月滞在したと評伝にはある。
「今だったらパイプ椅子なんか出すんでしょうけど、あの頃はね、地面にじかに座らされてね」
 それこそ「座蒲団」の世界ではないですかと思ったけれど、いわなかった。年末で寒かっただろうと思えば「生活の柄」でもある。

16:13 | Page Top ▲

日記

 同じ通りにある古布屋さんが、店の前を通るたびに声をかけてくれる。いつも「100円ショップ行ってくるよ」「帰るよ」くらいなのだが、今日は
「ねえ、宇田さん」
と立ち止まった。
「うちは新報だから今まで見てなかったけど、このまえ友だちがタイムス持ってきたのよ」
私が沖縄タイムスに書いたコラムを読んでくれた。
「毎月書いてるの?」
「いえ、2ヶ月に1回です。次で終わります」
「なーんだ」
通りすぎる。また戻ってきて、
「末は作家ね」
といいながらまた通りすぎる。末っていつだろう。
 いつも襟のついたシャツに古布のベスト、ジーパン、コンバースで背筋を伸ばして歩いている。70歳をすぎているようにはとても見えないかっこいい女性で、今年は布を探しにネパールに行くという。私の肩掛け鞄もつくってくれた。

◇◇◇

 お酒を飲んで日付も変わるころ、自分の店の近くにとめた自転車を取りに行ったら、チェーンの鍵が電柱とタイヤにまたがってかけられていた。私はこんなまめなことはしない。ものすごく親切な誰かが鍵のダイヤルを勝手に合わせて外し、つけかえてくれたということだ。
 次の朝、自転車置き場の向かいの洋服屋さんに声をかけた。長い棒でハンガーを天井近くに引っかけている。
「昨日、自転車ありがとうございました」
「いやいや、夜は危ないと思ったからさ」
 珍しく照れている。やっぱりこの人だった。前に私の自転車の鍵を見て、
「こんなのすぐ外せるよ」
と本当に外してみせた。
「ダイヤルが4列のじゃないとだめだよ」
といわれたのに、そのまま3列のを使っていた。
 何日かたって、自転車のかごいっぱいに本やら食べ物やら載せて走っていたら、横断歩道で鍵が飛び出し、落ちた。すぐ信号が赤になってしまったので拾えず、渡りきって待った。青になって引き返してみると、鍵の先が曲がって鍵穴にささらなくなっていた。4列のを買って帰った。

16:53 | Page Top ▲